― 沿  革  ―

 戦前より都内各区を中心とした県人会があり、それぞれに親睦を深めていたが、戦時中に伊勢新聞社東京支社の肝入りで在京三重県人の有志が集り、“話を聞く会”を設立、主として県出身者の講演会等を開いていた。また、県人有志の出資により「三重県物産販売所」が京橋に設けられ、三重県の物産卸売及び小売が行われていた他、毎月1回開催された“たのしみ会”では会費 50銭で珍しい郷土の産物を配布するなどして県人相互の親睦が活発に行われていた。

 その後、終戦により一時中断されていた三重県人会は、昭和25年11月17日新橋駅構内の日本食堂で約90名の出席を得て在京県人会“三重クラブ”の創立総会を開催。その主旨として政党政派その他すべてに超越して無色透明、和気あいあい、愉快に県人相互の親睦を深めることを目的とした。

 運営には北勢、中勢、南勢、志摩、牟婁各地区毎に選出された総勢25名の世話人があたり、会則らしい会則も決めず、役員もなく、連絡費500円を集め、その他は会合の都度その会費でまかなってきた。
また、クラブ結成以来の首都圏と県の橋渡し的活動に、歴代の知事が好意を寄せクラブ運営を支援することとなり、県東京出張所と伊勢新聞社東京支社が運営事務を分担してきた。

 昭和30年11月15日椿山荘で開かれた大会で、“三重クラブ”は発展的解消を遂げて“東京三重県人会”が結成され、初代会長に古野伊之助氏が選任された。以来毎年1回三越本店に於ける県物産展開催に併せて、三越劇場及び三越食堂で大会が開催されていたが、参加人員の増加に伴い迎賓館・八芳園・ホテルオークラ・椿山荘・ROXニューオータニ会館・八芳園に会場が移され今日に至っている。

 会長は前述の古野伊之助氏に続き二代 小笹徳蔵氏、三代 順井信太郎氏、四代 泰道照山氏、五代 三鬼陽之助氏、六代 中條猛氏、七代 大森久之氏、八代 加藤精一氏(現在)が歴任している。




― 東 京 三 重 県 人 会 役 員 名 簿  ―

平成23年9月
役 職 名氏    名 職 業 な ど
 名誉顧問  鈴 木 英 敬 三重県知事
 顧  問 岡 田 卓 也  イオン(株) 名誉会長相談役
 会  長 加 藤 精 一  (株)岡三証券グループ 取締役会長
 副 会 長  長 谷 川 泰 造  長永スポーツ工業(株) 代表取締役会長
 幹 事 長 北 住   勲  岡三ビジネスサービス(株) 顧問
 会計監事 長 尾   久 長尾公認会計士事務所 公認会計士・税理士
 会計監事  山 崎   計  (株)百五銀行 東京営業部長
 常任幹事  小 林 芳 郎  今川橋法律事務所 辯護士
 常任幹事 早 川 仁 也  さんとう会 代表
 常任幹事  中 村 建 二 郎  (株)伊勢新聞社 東京支社長
 常任幹事  上 野   稔  三重テレビ放送(株) 東京支社長
 常任幹事  竹 内   望  三重県東京事務所 所長
 常任幹事  西 村 正 次  三重県東京玉城会 会長
 幹  事  一 色 孝 三  (株)三重銀行 執行役員 東京法人営業部長兼東京事務所長
 幹  事  倉 沢 道 康  (株)第三銀行 東京支店長兼東京事務所長
 幹  事 太 田   孝  東海大学 教授
 幹  事 鈴 木   齊  理工産業(株) 代表取締役会長
 幹  事 西 川 康 雄  税理士法人西川会計 代表取締役会長
 幹  事 井 上 啓 良  井上ジェムス(株) 代表取締役社長
 幹  事 森   美 樹  イオン(株) 代表執行役副社長
 幹  事 谷 口   武  (株)東京クリアセンター 特別顧問
 幹  事 野 嶋   豊  (株)ハイメディック 代表取締役会長
 幹  事 高 山   嵩  三重同工会東京支部 幹事
 幹  事 中 西   康  久喜市総合振興審議会委員
 幹  事 守 田 武 宏  (株)六洋エンタープライズ 代表取締役


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